a hacked mobile phone came across the wall
- 2010年 8月 17日
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ハッキングされた電話機の物語 (未完)
旧西ドイツ国内において公衆電話回線のメンテナンスで専門技術者が使用していた通信機材。通常は開通試験などで住宅やビルの回線引き込み設備に直接接続し、基地局と通話するために使う。しかしこの装置には、内部の電子回路に何者かが手を加えた痕跡がある。改造状態で使用すると、第三者による傍受を避けることはできないものの、端末のIDを基地局側で特定することが困難になり、どこからどこにかけているのかを調べるために非常に長い時間を要する。バッテリー動作するので接続場所を転々と変え、探知者の手から逃れることができる。使われた電子部品の種類から、旧東ベルリンに暮らす人が改造した模様とのこと。東西ドイツ統一後、ミュンヘンの電子機器ジャンク・ショップに流出した。
1961年の夏から1989年11月10日までの四半世紀以上にわたって東西冷戦構造の象徴としてベルリンを分断していた壁を、東側から自由を求めて越えようとした人はおよそ1万人。そのうち3000人が未遂に終わって捕らわれ、192人が国境警備隊の狙撃で命を落し、5000人超が壁越えを果たして亡命。このハッキングされた電話機は、壁の向こう側で、壁を越えようとしなかった人々のあいだで、どのように使われたのであろうか? そもそも西側の電話事業に携わる職業人しか接しえない特殊な道具が、誰の手でどこから壁を越えたのか? 技術的にひとつだけ確かな事実がある。それは、この装置が最小限2台そろえば、壁をはさんで東西の市民が自由に会話を楽しめたということだ。つまり、5000人にカウントされない何人かの東ベルリン市民が、身体の越境こそできないものの、精神の自由往来を電話ハッキングによってなし得ていた可能性がある。
電話ハッキングは、携帯電話時代の現在でも様々なかたちで情報通信技術の裏面史を綴り続けているが、東アジアの地域で最初にそうした行為が露見したのは、おそらくベトナム戦争の戦場であろう。アメリカ軍と南ベトナム軍の軍事電話網が、MITや工科系アイビーリーグ出身の若い有能な兵士によってハックされ、フリー・ライン化されてしまったという話は当時からあった。各国の通信社やマグナムのカメラマンが競ってメコン・デルタの泥濘に向かい、南下する共産主義に対して民主主義の砦を築くという欺瞞を映像で暴くその速度をはるかにこえて、前線の青年たちは、ハンドトーキーなどの無線式電話からわが身の不遇と恐怖と無力感を、故郷の人々へリアルタイムで伝えていた。「お母さん教えて、あなたの息子は誰のためにここにいるの」? 次の瞬間、大学のクラスメイトでもある戦友の頭が、ベトコンの機銃掃射で砕け散った…40年前、両親や友人や恋人が電話口で録音した悲愴な叫びを、われわれはインターネットを通じてmp3ファイルで聞くことができる。
反戦平和運動の世界的な高まりと莫大な軍事費の消耗、サイゴン陥落の予兆などが、ベトナム撤退を大統領に決意させたが、そのラディカルな平和運動を下支えしたアメリカ全土での市民レベルの厭戦気分(息子を還せ)は、通話回数などに関する公の統計データこそないものの、太平洋を越えて家族のもとに接続された無数の軍法違反のホット・ラインによるところが大きいとも言われている。アメリカ軍がアフガニスタンとアラビア半島でのハイテク戦を経て、軍事用回線のデジタル暗号符号化を急速に進めたのには、音声品質の向上や傍聴のリスク回避に加えて、インドシナ半島でのインサイダーによる情報漏えいの失態を繰り返すことを恐れたという理由も少なからずあるだろう。皮肉なことに、AT&Tやベル研究所が開発したそれらデジタル音声通信技術の基盤研究を行ったのは、九死に一生を得てベトナムから大学へ戻ることのできた学生や研究者であった。
電話による世界初の通話の内容は何だったか。1876年3月10日、電話機の発明者グラハム・ベルが、壁ひとつ隔てた隣室の助手に向って言った。「ワトソン君、すぐにこちらへ来てくれたまえ」。実際には、実験中のベルが誤って希硫酸を足もとにこぼしてしまい、慌てて叫んだ声が、特許をとったばかりの電話機を通じてワトソン助手に聞こえただけ。通話どころか、人に助けを求める悲鳴だったのである。その声が、電気信号に変換されて本当に受話器から聞こえたのか、それとも薄壁を通して隣室に響いただけなのか、真偽は定かでない。その日ベルの実験室で起きた小さなパニックから、助けを乞う・それに応じる、という行為の照応関係だけをすくいあげるならば、物理的な真実はいずれであってもかまわない。
この伝説的な逸話は、電話というメディアの本質をよくあらわしている。“ここにはいない人の声を聞く機械”である電話は、話をする、あるいは情報を伝えるというより、人を召喚すること、互いの生を確認しあうことをその本領とする。だから、それの発揮を阻害する規則や手順やシステムは排除するか掻い潜る、さもなくばそれらをわが手の支配におくしかない。生の共鳴~あなたの声を聞きたい~にとって理不尽な障壁のあるところ、万人がハッカーたりうる所以である。
(この項未完)


